Coppé
new album

蜜 (Mitsu)

Coppé 蜜(Mitsu / 25rpm)

Coppé 蜜 リリースに寄せて、音楽評論家 原 雅明

昨年(2020年)は、音楽のライヴを観る機会も、対面でインタビューする機会も激減した。長年、ライヴとアーティストに直に接することが当たり前の現実としてあり、それ故に、音楽について書くことが生業ともなってきたのだが、そんな自分の生活も一変した。ライヴの場が失われていく現実と、アーティストはどう向き合っているのだろう。リモートで、あるいはメールでインタビューをする機会があると、僕はそのことを訊ねた。先日も、とある海外のアーティストのインタビューで、その話になった。コロナ禍でも、オンラインの音楽フェスティヴァルやマスタークラスに積極的に関わっている彼は、状況をポジティヴに捉えていた。一年の大半をツアーに費やすライヴ・ミュージシャンとしての活動がなくなったことで、初めて自分が如何に身体を酷使していたのかに気が付いたのだという。そして、ツアーを続けないといけないミュージシャンは持続可能な存在ではないことにも気付かされたと言っていたのが印象深かった。

ミュージシャンにせよ、DJにせよ、観客を前にプレイをする人達をブッキングするスケジュールは、年々、前倒しで決まって行くようになっていった。大きな音楽フェスならば、1年以上前に出演依頼があるのは当たり前のことだった。それは、件のアーティストが素直に告白したように、次第にアーティストを追い込んでいったのかもしれない。サブスクリプション・サービスは、アルバムという概念を希薄にし、曲単位で聴かれる流れを生んだが、それでもアルバムをリリースして、ツアーを回るというアーティストの活動サイクルまでは大きく変わることはなかった。むしろ、リリースをきっかけにして、よりライヴに力を入れるという流れにもなっていった。そのことは、自ずとアーティストの活動をスピードアップさせた。そして、受け止めるリスナーの情報量も加速度的に増していったのだ。

Coppe

ロックダウンによって、一人で過ごす時間が増えるに伴って、音楽を聴く時間も増えたという声を聞く。僕の周りでも、音楽をじっくり聴き直す時間があることをポジティヴに捉えている人は多い。それは、裏返せば、これまでの日々の生活では音楽をじっくり聴く時間を割くのが難しかったことを告白している。アーティストはリリースとライヴのスケジュールをこなし、リスナーはサブスクの膨大なリリースと次々に開催されるライヴを追う。そのことに忙しなさを感じながらも、ライヴという場がもたらす歓びは全てに勝っていたのだ。しかし、その現実が突然止まり、一人一人が音楽ともう一度向き合うことになった。

coppéの新作アルバム『蜜』も、その現実から生まれた作品である。とはいえ、シリアスな説明など選ばない彼女は、「棚からぼた餅みたいにい〜っぱいの自由になる時間が降って来てくれた」のだとさらりと言い放つ。彼女が具体的に向き合ったのは、スタジオの隅で埃を被っていた日本コロムビア製の古いエレクトリック・ピアノだった。長年弾いていなかったピアノによるインプロヴィゼーションから、『蜜』の楽曲は生まれた。僕はcoppéのピアノ・ソロを聴くのは今回が初めてだ。幼い頃に、日本のジャズクラリネット奏者の第一人者である藤家虹二に師事し、ジャズ・ヴォーカルの基礎も身に付けた人であり、『milk』(2017年)ではジャズにフォーカスして、その片鱗を見せてもくれた。だから、今回、ピアノ・ソロへと向かったのは、意外なことには感じなかった。むしろ、とても自然な流れに思う。

アルバムは、ピアノ・ソロが6曲と、ヴォーカルを採ったチャールズ・チャップリンの“Smile”のカヴァーが1曲(この曲のみジェイコブ・コーラーのピアノとジェフ・カリーのダブルベースをフィーチャー)、計7曲が収められている。これまでのどの作品よりもシンプルなアルバムだ。ピアノ・ソロは、基本的にミニマルなフレーズの反復によって組み立てられている。エフェクト処理も施されているエレクトリック・ピアノの響きと相俟って、ブライアン・イーノがピアニスト/作曲家のハロルド・バッド(残念ながら昨年死去したが)と作った『Ambient 2: The Plateaux of Mirror』(1980年)を彷彿とさせる瞬間もある。さらに遡れば、アンビエント・ミュージック、ミニマル・ミュージックの元祖とも言えるエリック・サティの音楽を想起させもする。

サティは“Vexations”という短いピアノ曲ながら、「連続して840回繰り返し演奏する」と指示書きした楽曲を発表している(作曲されたのは1893年とも1895年とも言われるが定かではない)。普通のテンポで演奏すれば、24時間以上もかかる楽曲で、いまだ演奏された録音は抜粋のものしか存在せず、易々と全曲を聴く体験を得ることはできない。この永遠に終わらないのではないかという楽曲に、サティは「黙想することで気の遠くなるような曲を演奏する力が発揮され、また啓発にもなる」と注意書きを記した。生身の人間がただ黙想した状態で、半ばロボット化して連続した演奏を繰り返す。テープ録音によるループや機械によるシーケンスが登場する遙か前のことだが、“Vexations”のピアノによるループは、20世紀後半以降に急激に発展したエレクトロニック・ミュージックを先取りしていたとも言えるだろう。黙想によってロボット化した身体が、機械によってリプレゼンテーションされる瞬間をエレクトロニック・ミュージックの中に幾度も聴くことができた。

しかしながら、21世紀に入ってからは、逆に機械の人間化が起こり始めた。ハードウェアからソフトウェアへと制作環境が変化したことに伴って、エレクトロニック・ミュージックはより複雑でもある反復性を手に入れたが、それを今度は生身の人間が正確にトレースしようとしだしたのだ。エレクトロニック・ミュージックはジャズに多くの影響を与えてきた。ジャズはそれを時にスパイスのように取り込んだが、主体はあくまでも演奏するミュージシャンだった。しかしながら、ジャズ・ミュージシャンがエレクトロニック・ミュージックの反復性やテクスチャーを演奏によって正確にトレースし始めたことで、再びサティの時代のひたすら反復を繰り返す演奏へと立ち返ることにもなった。

Coppe

一人でピアノに向かい、インプロヴィゼーションで演奏された『蜜』の楽曲に顕れた反復性は、僕にそんなことを思い起こさせたのだが、「いつの間にかまるでバッハにトランスフォーメイションしていて」と言うcoppé本人の言葉は、別の何かを示唆しているのかもしれないとも思う。少なからぬジャズ・ピアニストがバッハを演奏してきた。バド・パウエル、ビル・エヴァンス、オスカー・ピーターソン、ジョン・ルイス、キース・ジャレット、チック・コリア、ユリ・ケイン、ブラッド・メルドー……、名前を挙げだしたらきりがない。その理由としてよく指摘されてきたのが、バッハの楽曲に見られる一定のテンポとリズムだ。ジャズ・ピアニストのタッチはピアノが鍵盤楽器であると共に打楽器であることを思い出させる。グルーヴにも乗る小気味良いタッチは、バッハとの相性がいいというわけだ。それが全てではないが、一理あるかもしれない。

いずれにせよ、『蜜』のミニマルで反復性のある、軽妙で繊細なタッチは、一人で音楽に向き合う時間にとてもフィットしている。パーソナルであると共に、現在の空気を敏感に読み取った拡がりのある音楽でもある。今回のアートワークは、エレクトロニック・ミュージックのリスナーに多くのインプレーションを与えてきたデザイナーズ・リパブリックのイアン・アンダーソンが担当し、ジョン・ゾーンのTzadikレーベルの諸作から、ローリー・アンダーソンやロイ・ハーグローヴまで手掛け、グラミーも受賞したマーク・ウルセリがマスタリングを担当している。間違いない面々が支えてリリースされた作品であるということも、最後に付け加えておきたい。

原 雅明

蜜(Mitsu / 25rpm) Tracklist

A1
B Flat Major #2
A2
A Minor
A3
B Flat Major #1
B1
D Major
B2
G Minor
B3
E Major
B4
Smile *

All tracks written by Coppé. Except *, written by Charlie Chaplin, lyrics by John Turner + Geoffrey Parsons.

Piano by Jacob Koller + Double bass by Jeff Curry. Vocals by Coppé. Additional production, recording + mix by Richard 'Jakey' Slater.

Coppé plays 'Pinko', the vintage Columbia electric piano + Jacob's YAMAHA baby-grand piano. MIDI performance recorded on a ROLAND RD-2000 + adapted via Ableton live using grand piano VST instruments + effectsmastered by Marc Urselli.

MSR019 / 2020 / D.I.S(JP), Bit-phalanx music, MITDR ™(SOYO ™)

Message from artists

from Nikakoi

working with Coppe in any discipline of art (we are long time collaborators) is always something absolutely new, interesting and fresh! her new album is fascinating, sad, beautiful and deep... so we decided to make this "Deep" video for one of the tracks and it was a psychedelic feeling to see and hear how my hand drawn animated artwork and  Coppes amazing piano piece became One. 

コッペとはも~随分と長い間いろいろなアートフォームで共作してきているけれど、それは毎回、新しくって興味深くって新鮮だ!彼女のニュー・アルバムは優艶で悲しく美しく、そして深い。今回はアルバムに収録されている曲の為にこの DEEPなvideo を制作する事にしたのだけれど、僕の手描きのイラストが視覚的にも聴覚的にも彼女の素晴らしいピアノ曲と見事に合体した時の陶酔はまるで幻覚そのものだった!

from Marc Urselli

it's great to hear the simplicity and the essence of your music come forward after such an intense career... it's celebratory and humbling at the same time to strip down all the electronics and go back to the roots of the music that inspired you. Well done!

強烈なコッペのキャリアの後、こんなにもシンプルで素朴な彼女のサウンドのエッセンスが聴けることはなんと素晴らしいことだろう!電子音やエフェクトを全て剥ぎ取って、真から心を揺さぶられる音のルーツを辿ってみていることは、おめでたくそれと同時にとても謙虚なことだ!よくやったね!

from Ian Anderson (The Designers Republic)

When I first fell into the strange universe of Coppé it disconcerted me. I loved the music, but not that much, or maybe too much or maybe not at all.
Gradually, though, I realised that Coppé’s world is best experienced, understood, not in comparison to what you think you already know, but by immersing yourself in wherever she is, and listening out on the ‘everything else’ with an altered perspective.

Mitsu is the first TDR™ / Coppé collaboration, it’s the start of a pulling together, and a pulling apart of the pieces… and trying not to make sense of any of it. Its about art and colour and Life overprinting the formality of classical composition, two clashing concepts finding a way to work together.

初めてコッペの不思議な宇宙に出逢った時、正直言って戸惑ってしまった。。。音楽は大好きだけれど、そこまで好きだろうか。。。いや、好き過ぎるのか。。。それとも全くか。。。
しかし徐々にわかって来たことは、コッペの世界は既に理解しているかと思っていた?規整の方法を使ってではなく、とにかく彼女の世界へまず飛び込んでいって浸ってみて、全く違った角度から他の全ての要素にもしっかりと耳を傾けながら聴いてみることだ。そうやって経験し理解してみる方法がベストなのではないかと思う。

は designers republic と coppé との初めての作品だけれど、一緒にアレやコレやと色々トライしながら、理にかなっているかど~かなどの理屈はまるで抜きでのコラボレイションの始まりだ!それは、古典的な作曲の形式の上からアートとカラー、そしてライフそのものをふりかけてみるように、つまり2つの衝突するコンセプトがぶつかり合いながら共同作業出来る方法を見つけ出していくよ~にね。

蜜 mitsu - CD Jacket design concept

the sleeve design is very much about how layers and textures work together its meant to be a design version of how i imagine experimentation within parameters contributes to finished 'organised sound'

so, if you lay a fork or spoon across the 'wires' of a piano, you can predict the kind of result you'll get but its not exact... there are variables based on weight of spoon, composition and construction of spoon, positioning of spoon etc

its the same with the design for the print on the cover, i'm looking for some overprint textures, i know there should be some interaction between the inks in terms of colour but those interactions will be, to a degree dependent on variables such as the stock its printed on, how it absorbs the ink, how the metallic ink chemically reacts with the fluorescents etc

the sleeve design is also about the fluorescence of the fluorescent inks

all of this is difficult to replicate digitally in rgb with a flat gloss texture of a screen

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first — print the metallic pantone 8200 layer (this is like a form or grid — one of the inspirations for this was a super techno looking grid on the master tapes of a classical release... it was the first time i thought of classical music in terms of super modern technology...)

second — print the black layer OVER the metallic layer (this is the detail filling in the grid...)

third — print the cyan, magenta (replaced with Pantone 806) and yellow (replaced with Pantone 803) OVER the metallic and black print. i'm attaching a print piece by karel martens which was the inspiration... its art over printing the formality of detail, which is like Coppé shifting the formality of classical piano.
etc ;-)

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CD 2021-3-12, LP 2021-3-26 available.

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Streaming will begin in mid-March.

CD, LP: coppe / mitsu